| № | チャンピオン | | |
|---|---|---|---|
| 1. | ジョージ・ハッケンシュミット | 1901/11 ウィーン(オーストリア) | 世界選手権トーナメントに優勝 1904/01/30 イギリスで世界王者認定。 1905/05/04 ニューヨークで米国王者トム・ジェンキンズをも破り、北米でも世界王者に認定される |
| 2. | フランク・ゴッチ | 1908/04/03 IL州シカゴ | 13年、王者のまま引退 |
| 3. | ジョー・ステッカー | 1915/07/05 NE州オマハ | |
| 4. | アール・キャドック | 1917/04/09 NE州オマハ | |
| 5. | ジョー・マルセウィッツ | 1920/01 NYユティカ | |
| 6. | ジョー・ステッカー [2] | 1920/02/13 NYユティカ | 20/01/30、ニューヨークでキャドックを破り、この日王座統一。 |
| 7. | エド・ストラングラー・ルイス [3] | 1920/12/13 NY | |
| 8. | スタニスラウス・ズビスコ | 1921/05/06 NY | |
| 9. | エド・ストラングラー・ルイス [4] | 1922/03/03 KS州ウィチタ | |
| 10. | ウェイン・マン | 1925/01/08 カンザスシティ | |
| 11. | スタニスラウス・ズビスコ [2] | 1925/04/15 PA州フィラデルフィア | ※ミシガン・イリノイ地区では引き続きマンを認定(イリノイ版) |
| 12. | ジョー・ステッカー [3] | 1925/05/30 MO州セントルイス | |
| 13. | エド・ストラングラー・ルイス [5] | 1928/02/21 MO州セントルイス | 28/02/02、インディアナ州ミシガンシティでウエイン・マンを破りミシガン・イリノイ版王座奪取。この日主流派と統一。 |
| 14. | ガス・ソネンバーグ | 1929/01/04 MA州ボストン | NBAレスリング部(後のナショナル・レスリング・アソシエーション=NWA)は29年、「適格な」挑戦者に対して防衛を行っていないことを理由に、王座を剥奪するが、ソネンバーグは引き続き防衛戦を行う。 |
| 15. | エド・ダン・ジョージ | 1930/12/10 ロサンゼルス | |
| 16. | エド・ストラングラー・ルイス [6] | 1931/04/14 ロサンゼルス | 31/05/04、モントリオールでヘンリー・デグレーンに反則負けで敗れ AWA(ボストン)王座を 失うが、イリノイ州では引き続き王者に認定される。 31/11/02、IL州シカゴで選手権主張者ウラデック・ズビスコを破る。 32/10/10/32、ニューヨークでジャック・シェリーを破りニューヨーク州体育協会世界王座奪取。 |
この期間の主要分派
| № | チャンピオン | | |
|---|---|---|---|
| 17. | ダノ・オマホニー | 1935/06/27 MA州ボストン | 35/06/27、MA州ボストンでニューヨーク州体育協会・NWA(アソシエーション)統一王者ジム・ロンドスを破った後、 35/07/30、MA州ボストンでAWA王者エド・ドン・ジョージを破り統一世界王者となる。 |
| 18. | ディック・シカット | 1936/03/02 ニューヨーク | AWA(ボストン)では引き続きオマホニーを認定。 |
| 19. | アリ・ババ | 1936/04/25 MI州デトロイト | |
| 20. | ディーン・デットン | 1936/09/28 PA州フィラデルフィア | |
| 21. | ブロンコ・ナグルスキー | 1937/06/16 MN州ミネアポリス | |
| 22. | ジム・ロンドス | 1938/11/18 PA州フィラデ | 46年引退。 |
この期間の主要分派
| № | チャンピオン | | |
|---|---|---|---|
| 23. | ルー・テーズ | 以下の各世界王座奪取により統一世界ヘビー級王者となる (ヨーロッパを除く) :
| |
| 24. | ホイッパー・ビリー・ワトソン | 1956/03/15 ON州トロント | リングアウト勝ち。 |
| 25. | ルー・テーズ [2] | 1956/11/09 MO州セントルイス | 57/06/14、IL州シカゴでエドワード・カーペンティア戦で負傷による試合放棄のため王座移動。 57/07/24、モントリオールでの再戦でカーペンティアに反則勝ちするが、NWAは引き続きカーペンティアを認定。その後カーペンティアのマネージャーでモントリオールのプロモーター、エディ・クインがNWAを脱退したため、カーペンティアの王座は全て無効し、57年、再びテーズを認定する。 カーペンティアはその後もオマハ(後にガニアのAWAに統一)やボストン、ロサンゼルスNAWA(のちのWWA)などで世界王者に認定される。 |
テーズ・カーペンティア戦後の分派
参考文献:プロレス選手権遍歴史
謝辞:情報提供者一覧
※現在お使いのブラウザはJavascriptの設定が無効になっているか利用できません。Javascriptの設定を有効にし、ご覧ください。
設定方法がわからない方は『ブラウザの設定・操作』のヘルプページを参照してください。