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世界のメジャー・ベルト:目次


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日本・アジア(日本プロレス:1953~1973)

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歴代社長:百田光浩 (1953 - 1963/12)
定野道春 (1964/01 - 1966/01)
長谷川淳三 (1966/01 - 1973/04)

アジア・ヘビー級選手権 日本ヘビー級選手権

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アジア・ヘビー級選手権

Asia Hevyweight Title
 [ 州略号 ]   [ 本家‐英語版

表1.アジア・ヘビー級選手権
チャンピオン    
1.力道山1955/11/22 東京トーナメント決勝で香港代表キング・コングを破る。63/12/15、力道山の死により王座空位。 
2.大木金太郎1968/11/09 ソウル(韓国)決定戦でバディ・オースティンを破る。 
3.ビル・ドロモ1971/01/15 徳山  
4.大木金太郎 [2]1971/02/02 広島73年、日本プロレス閉鎖以降防衛戦が行なわれていなかったが、76年に新日本プロレスが王座決定シリーズを発表した際、それに対抗し、全日本プロレスも日本プロレスから続くものとして王座復活を発表。
76/09/24、大宮でのワルドー・フォン・エリック戦後、王座預かり。
新日本では76/07/29、 大阪でタイガー・ジェット・シンが坂口征二を破り認定され、81/05/21に返上。 
5.大木金太郎 [3]1976/10/21 福島再戦でワルドー・フォン・エリックを破る。 
6.ジャイアント馬場1977/10/29 黒磯81/04/13、大木がインターナショナル王座をNWAの勧告により返上した際、馬場もアジア王座を返上。 
7.大木金太郎 [4]1981 韓国80年代中期からは試合をしなかったが、2004/02/95、正式に引退し、王座封印。 

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日本ヘビー級選手権

Flag Japan Hevyweight title
表1.アジア・ヘビー級選手権
チャンピオン    
1.力道山1954/12/22 東京決定戦で木村政彦を破る。その後、山口利夫との防衛戦で勝利したまま、日本選手権封印。 

参考文献:プロレス選手権遍歴史

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